「古事記異聞 陽昇る国、伊勢」~ツッコミどころ満載も楽しめた!~

書評

宇治橋

 

「古事記異聞 陽昇る国、伊勢」 高田崇史:著 読了

 

「古事記異聞」シリーズとは

 

2018年6月から始まった、高田崇史氏による歴史ミステリー。

主人公は日枝山王大学の大学院一年生で、民俗学研究室に所属する女の子

橘樹雅(たちばな みやび)22歳。

「研究」と「縁結び祈願」の一石二鳥を狙うという、少々不純な動機もあって

研究テーマを「出雲」に決めたことを指導教官に報告。

その教官は不愛想で冷酷そうな准教授、御子神伶二(みこがみ れいじ)。

御子神から出雲に関する知識不足を指摘されたことがきっかけで、

雅は出雲にフィールドワークに行くことになることからシリーズがスタートする。

登場人物は他に、研究室OGで市井の研究者・金澤千鶴子(かなざわ ちづこ)など。

 

■シリーズ作品

1.古事記異聞 鬼棲む国、出雲(2018年6月8日)

2.古事記異聞 オロチの郷、奥出雲(2018年10月5日)

3.古事記異聞 京の怨霊、元出雲(2020年7月8日)

4.古事記異聞 鬼統べる国、大和出雲(2020年11月6日)

5.古事記異聞 陽昇る国、伊勢(2022年11月30日)

※2023年5月現在

 

ここでちょっと疑問に思うのですが、上記の5作品は

全て2008年が舞台という設定になっています。

しかも3月からGW前の4月の設定という「過密スケジュール」です。

東京在住の主人公は2か月足らずの期間に、出雲、奥出雲、京都、奈良、

そして伊勢を訪れたことになっています。

そんな短期間に雅のフィールドワークを集中させた理由は不明ですが、

舞台を2008年に設定したのは他のシリーズとの兼ね合いか。

主人公・雅は大学2年生のときにQEDシリーズの「源氏の神霊」に登場し、

桑原崇(QEDシリーズの主人公)と出会っているのです。

しかし「源氏の神霊」が出版されたのは2021年3月。

既に古事記異聞シリーズは始まっているので、QEDとの兼ね合いは無関係ですね。

QEDシリーズとの兼ね合いがあるとすれば使った資料や、

取材旅行で集めた資料が生かせるという利点のせいかも知れません。

 

最新刊「古事記異聞 陽昇る国、伊勢」

 

2022年11月30日に講談社より発売された「古事記異聞」シリーズの最新刊。

前述のように舞台設定は2008年で、具体的には「4月半ば過ぎの」週末。

読者がその違いに気づく可能性もある、14年間の「変化」については

作者もかなり気を遣う必要があったように思えます。

2008年当時はなかった施設や道路などのこと。

しかも伊勢神宮では2013年に式年遷宮が斎行され、それ以降の宮域では

大きく光景が変わった場所もありました。

東京在住の作者には、ちょっと無理があったと言える設定だったかも知れません。

地元を知るアドバイザーがいたようですが、活用しきれなかったか

この作品には力量不足だったと思えます。

ちなみに「4月半ば過ぎの」週末は、スマホで過去のカレンダーを見ると

どうやら4月19日(土)~4月20日(日)になると思われます。

 

 

「古事記異聞 陽昇る国、伊勢」で感じた違和感

 

伊勢神宮の千木の謎について

 

私がこの作品を読むきっかけとなったのが、次のような「作品紹介文」でした。

 

◆作品紹介◆

神社の屋根にある千木、鰹木。
一般的には、その形や数で祀られているのが、女神か男神かわかるとされるが、
伊勢ではそれはあてにならない。

女神を祀る神社が男神仕様であったり、またその逆も数多く存在する。
日枝山王大学民俗学研究室の院生・橘樹雅は、

学会出席のため三重へ向かう准教授・御子神伶二に同行。
はじめての伊勢で大きな衝撃を受ける。

 

これを見た私の感想は「は?」の一言。

伊勢神宮の千木や鰹木で、何をそんなに大騒ぎしているのか。

著者は千木の「外削ぎ」「内削ぎ」をそれぞれ「男千木」「女千木」と書き、

その「謎」を強調しているようでした。

 

 

 

伊雜宮

建設中の伊雜宮(2014/9)

 

写真は遷御後の内宮の別宮・伊雜宮(いざわのみや)と、その建設工事中の様子です。

御祭神は天照坐皇大御神御魂(天照大神)、女神です。

千木は内削ぎ(女千木)、鰹木は6本(偶数)なのが見てとれると思います。

この内削ぎ(水平に削がれた)千木、偶数の鰹木を持つ神社は、女神を

外削ぎ(垂直に削がれた)千木、奇数の鰹木を持つ神社は男神を祀る、

そのように考えられていることがよくあるのです。

 

 

出雲大社

 

こちらは出雲大社の本殿です。

御祭神は大国主命、男神です。

千木は外削ぎ(男千木)で、鰹木は3本(奇数)です。

しかし伊勢神宮ではこの「慣例」のような決め事が通用しません。

同じ御祭神を祀る神社でも、千木・鰹木の仕様が異なるケースがあります。

男神を祀る神社でも、内削ぎの千木・偶数の鰹木

逆に女神を祀る神社で、外削ぎの千木・鰹木を持つものがあるのです。

高田崇史氏は「古事記異聞 陽昇る国、伊勢」の中で

終始一貫して伊勢神宮の千木・鰹木の謎を強調しています。

 

外宮・内宮の男千木・女千木に関しても

御子神や千鶴子の話を総合すれば自然に、ある結論に達する。

 

上記のように読者に対し

「解いてみろ」

といった挑戦状ともとれる一文を残して物語を終わらせています。

高田崇史氏の「解答」とは違うと思いますが

私は本作品を読む前から「解いて」いて、その答えはこれです。

 

内宮の正宮・別宮・摂社・末社・所管社の千木は内削ぎで鰹木の数は偶数。

外宮の正宮・別宮・摂社・末社・所管社の千木は外削ぎで鰹木の数は奇数。

 

伊勢神宮には「内宮と外宮がある」ということは誰でも知っていますが、

伊勢神宮とは内宮・外宮の正宮、別宮、摂社、末社、所管社

全て合わせて125社の総称なのです。

そしてもう少し具体的には、内宮の別宮、摂社、末社、所管社、

外宮のそれらに分かれます。

伊勢神宮125社では千木・鰹木は男神を祀る神社か女神を祀る神社かではなく、

内宮のものか外宮のものかで区別されているのです。

著者はそのことに気づいているのか、気づいていないのかは不明です。

気づいた上で、なぜそのような仕様になっているのかという

謎解きをしようとしているのかも知れません。

 

私は2014年に、伊勢神宮125社巡りを完遂しています。

伊勢神宮125社での千木・鰹木の「決め事」には、1社の例外もありませんでした。

ここでは深掘りはしませんが、千木・鰹木の例外は伊勢神宮だけではありません。

著者がしばしば関わる出雲大社でも独特の「決め事」があるようです。

この話題については、別の機会に書こうと思います。

 

事実とは違う作者の勘違い

 

本筋とは関係が薄く、一般の読者にとっては気にも留めないことかも知れませんが

伊勢神宮を知る者や伊勢周辺に住む人にとっては

看過できない間違いが作品中に2つありました。

 

1.蘇民将来のしめ縄について

 

蘇民将来のしめ縄(伊勢市)

 

伊勢では1年中しめ縄を飾る風習があります。

それらのほとんどに「蘇民将来子孫家門」と書かれた木札が付けられています。

木札の裏には安倍晴明に由来する「セーマン・ドーマン」も描かれているそうです。

このしめ縄について作品中に書かれている部分を引用します。

 

素戔嗚尊(牛頭天王)の蘇民将来伝説に関係するようで、信心深い人は毎月、

そうでなくとも年に一回は伊勢神宮にお返しして、新たに買い求めて飾るのだという。

 

上記の記述ではあたかも伊勢神宮内で「蘇民将来のしめ縄」が授与されており、

伊勢神宮の古札納所に古いしめ縄を「お返し」するかのように書かれています。

しかし伊勢神宮の古札納所に「蘇民将来のしめ縄」を納める伊勢市民は

おそらくほとんどいないと思います。

いったい誰がこんな間違った情報を著者に教えたのでしょうか。

この作品を読んだあと、伊勢神宮に行く機会がありました。

内宮でも外宮でも、古札納所や授与所、参集殿の売店で確かめましたが

伊勢神宮では蘇民将来のしめ縄は売られていませんし、

古札納所にもしめ縄を納めている様子は見られませんでした。

そもそもしめ縄のない伊勢神宮で、しめ縄が売られているはずがありません。

素戔嗚尊(牛頭天王)の蘇民将来伝説は全国にあり、

備後国風土記にもその説話が書かれていたそうです。

ここ伊勢では主に二見あたりに残る民話なのだそうです。

二見町には「民話の駅 蘇民」という道の駅のような施設もあります。

伊勢のしめ縄の本家本元は二見町にある、松下社(まつしたのやしろ)なのです。

 

松下社・本殿

 

ちなみにこの松下社・本殿に祀られているのは素戔嗚尊と菅原道真公。

御祭神は男神ですが、千木は内削ぎ(女千木)で鰹木は4本(偶数)です。

このように千木・鰹木と神さまの男女との関係は例外が多くあります。

 

蘇民祠

 

境内には蘇民将来を祀る蘇民祠(通称・蘇民社)があります。

この松下社は伊勢神宮125社の1社ではありません。

伊勢神宮と蘇民将来のしめ縄は関係ありません。

そもそも伊勢神宮125社に素戔嗚尊を祀る神社すらないのです。

 

 

【参考】二見町に伝わる蘇民将来の民話

    松下社と蘇民将来のしめ縄

 

 

2.内宮の四至神(みやのめぐりのかみ)について

 

四至神

 

上の写真は内宮の域内にある、四至神(みやのめぐりのかみ)です。

ここで立ち止まる人はほとんどいません。

しかしこう見えてここは神社で、伊勢神宮125社の1社なのです。

祀られているのは内宮・宮域の四方の守り神。

この目立たない小さく地味で、社殿すらない神社に主人公たちは丁寧に参拝しています。

高田崇史氏は「四=死」、つまり「死に至る神」とも解釈できるとして

お得意の怨霊話に持って行きたかったのでしょう。

その参拝の場面を、作品から引用します。

 

その小さな社は、拝殿もなく、周囲を隙間なく瑞垣で囲まれ、

前面の扉には大きな鉄の錠がかかってしっかり閉じられていた。

社の前面には屋根の高さと同じくらいの蕃塀が立っているので、

二人は蕃塀と社の間を進んで、狭い空間に立ってお参りした。

 

この描写はどう考えても四至神のものとは思えませんね。

実はこの四至神がある場所は、小さな神社や施設が密集しています。

この付近の域内マップも、非常に見にくい表記になっています。

四至神、御酒殿、由貴御倉、五丈殿、忌火屋殿などが建てられています。

 

由貴御倉

 

こちらは四至神のすぐ目の前にある所管社、由貴御倉(ゆきのみくら)です。

雅と千鶴子の二人が参拝したのは、こちらの神社だったと思われます。

高田氏は、由貴御倉と四至神を間違えてしまったようですね。

 

本筋には関係ないが、違和感のある描写

 

1.外宮から内宮に向かった雅のあり得ないルート

 

外宮参拝後、主人公・雅は内宮で千鶴子と合流する前に

次の場所を次の順番で訪問しています。

1.倭姫命・陵墓参考地

2.倭姫宮(皇大神宮・別宮)

3.月讀宮 他(皇大神宮・別宮)

4.猿田彦神社

地図で見ればこの訪問順序には違和感はありません。

しかしこの付近を車で移動した人や、伊勢市内に詳しい方なら感じたと思いますが

月讀宮訪問時に国道23号線(バイパス側)の駐車場を利用したことにより

あり得ないルートになってしまいました。

その道には中央分離帯があるので、倭姫宮方面から右折して駐車場に入ることはできません。

少し先で強引にUターンすれば可能ですが、その中央分離帯があるため

駐車場から猿田彦神社に向かうには大回りをする必要があるのです。

しかも普通の22歳の女の子が、1台のタクシーをそれぞれの場所で待機させ

内宮に到着してから運賃の精算をするというのも現実的とは言えませんね。

 

2.伊勢市内の「石灯篭」について

 

「タクシーは御幸通りを走る」

 

普通の読者はこのワンフレーズに痺れたかも知れません。

いかにも小説っぽくて、かっこいいです。

しかしあり得ないルートです。

国道23号線側にいたタクシーが、いきなり御幸通りにワープしていたのにも驚きですが

タクシー運転手との会話にも驚きました。

「日ユ同祖論」の話題に持って行くためとは言え、

2022年に上梓された小説で取り上げる話題としてはナンセンス。

この石灯篭には六芒星が刻まれていたため、

伊勢神宮とイスラエルの関係を指摘する説が過去にはありました。

しかしこの石灯篭は伊勢神宮とは無関係で、昭和30年頃にある民間団体が建てたもの。

その団体はとっくに解散、消滅していて

しかも60年近くに渡って道路の不法占有状態が続いていたようです。

老朽化も指摘されていましたが、長く放置されていました。

しかし2018年、倒壊(直接の原因はバスの接触事故)により死亡事故が発生。

そのことがきっかけで、500基余りあった灯篭は全て2018年に撤去されています。

この物語は2008年という設定なので、タクシーの車窓からも石灯篭が見えていたはず。

しかしどこか別の場所のことを話しているような会話にも違和感がありました。

 

3.瀧原宮について

 

著者はこの作品を書く前に、伊勢に取材に行っていたようです。

同行者がこの瀧原宮の写真もなどをSNSに投稿していました。

なので間違えるはずはないと思うのですが、

雅と千鶴子は道の駅の駐車場でタクシーを降りて600mも歩いて瀧原宮に向かいます。

これは謎。

瀧原宮の入口まで車で行けるばかりか、そこには10台程度分の駐車場もあります。

そして瀧原宮の社殿の描写。

2014年11月に斎行された、遷御後の社殿配置で描かれていました。

2008年とは違う光景だったことに、著者は気づかなかったようです。

地元のアドバイザー的な人もいたようですが、

その方も伊勢神宮に関してはあまりご存知ではなかったのかも知れません。

内宮参拝の場面では、ちゃんと式年遷宮前の描写で書かれていて

2008年当時の「内宮殿舎配置図」まで掲載されています。

瀧原宮の光景の変化は、想定外だったのかも知れません。

まぁ、伊勢神宮に詳しくない読者にとっては気にも留めないことかも知れませんが。

 

どうでもいい違和感

 

1.月讀宮の駐車場

 

先に「あり得ないルート」の指摘をしましたが、実はあの月讀宮の駐車場ですが

2010年に整備されたものです。

2008年には、23号線側には1台分の駐車スペースもありませんでした。

 

2.125社は怨霊を祀る神社か

 

毎度のことではありますが、作品内で紹介された伊勢神宮の神社は

全て怨霊を祀る神社かのように書かれています。

その造りや参道の形状から、そのように考えたようです。

しかし伊勢神宮では、あてはまらないことが多々あると思います。

高田崇史氏がどれだけ伊勢神宮を回ったかは知りませんが、

作品内で紹介されていた神社は125社のほんの一部のみ。

しっかりと囲まれた板垣や、曲がった参道などは伊勢では怨霊封じとは言えない。

私はそう思っています。

 

3.千鶴子の帰路について

 

斎宮駅から帰路につく雅と千鶴子。

二人は名古屋で御子神准教授と合流し、食事をすることになります。

つまり東京に帰る雅も、京都に帰る千鶴子も名古屋に向かいます。

ただし千鶴子の「ドタキャン」で実現はせず、千鶴子は名古屋から京都に帰ることに。

しかし名古屋での合流は、斎宮駅からの近鉄電車の車内で雅が急遽提案したことのはず。

つまり千鶴子は、斎宮駅で近鉄電車に乗ったときは京都行の乗車券を買っていたはず。

少なくとも伊勢中川駅から、二人が同じ電車に乗っているのはあり得ないこと。

やっぱ、どーでもいいですね。めんどくさいです。

 

他にもツッコミどころはたくさんあったのですが、

性格の悪い姑みたいなので自分でも書いていて気分が滅入ります。

作品を酷評しているわけではありません。

正直に言って、神社好きで古代史ファンの私にはたまらなく面白い作品でした。

しかしここにご紹介した「ツッコミどころ」は、批評ではなく残念に思うこと。

伊勢の描写が雑だと、肝心の本筋までもが軽んじられることが心配なのです。

ちゃんとチェックしなかった、そしてせっかくの地元の協力者を有効活用出来なかったのなら

それは担当編集者の責任ではないでしょうか。

作品全体としては本当に楽しませてもらいました。

「作品紹介」を読んで、斜に構えて読み始めた本作品でしたが

このシリーズが気になって、読了後に「古事記異聞」シリーズの残り全部を購入しました。

 

 

 
 
 
 

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